二年前は私のアパートで一人暮らしの延長のように始まった二人暮らしを、玄関を入ってすぐのキッチンと右手側に脱衣所と風呂場、左手側にトイレ、めったに仕切られることの無い擦りガラスのはまった白い引き戸を隔てて10畳のリビングというおかだの部屋に、私が寄生することで続けている。日当たり良好の築浅5階建てマンションの2階、小学生の通学路に面した静かな市道の傍。あの雨の夜、ずぶ濡れで私の部屋に帰ってきたおかだは次の日をまったく非生産的にのんびりと過ごし、手持無沙汰に転がっていたブラックジャック文庫版を拾い読みしながら、いずれ引っ越すから、とだけ言った。引っ越すからなんなんだと聞くほど野暮でもなければ、嘆かわしいことだが私は自立できてもいないのであった。結局ろくな話もしないまま、その日の夜、アイロンを自分であてたシャツと生乾きの皮靴を履いておかだは一度東京に戻った。
それから新居に移るまでの間の話についてはまたの機会にとっておく。ともかくあまり気分のいい話ではない。それはおかだにとってもそうだろう。恐らくはあんたがたにとっても。
二人で呼吸をしていくのに別段広すぎるということもないその部屋に、その他の生命体を受け入れたいとかなんだとか言いだしたのはおかだで、その話を聞いている瞬間には、おかだの膝の上に世に言う赤猫、虎模様のふてぶてしい御猫様がすでに堂々鎮座ましましていらっしゃいました。「この泥棒猫」と悪態をついてやると「雄だぞ」と差し出したおかだの太く頑丈な指にちょいちょいとちょっかいを出してナアとあざ笑うかのように牙を剥き候。ン、わたしが虎にトラウマってる話はもうしたかな。とありもしない記憶を引っ張り出しているとずんぐりむっくり立ちあがったそいつはうろうろのしのしと私を無視して窓際の陽だまりにだらしなく寝そべった。「大きなやつだろう、二週間預かってやる話になって、まあ大人しい猫だから大丈夫」おかだは私がもっとはしゃぐと思ったらしかった。
いきものが三匹になって、具合の良かった部屋はなんだかうんとせまくなり、どっかり座りこんでテレビを見るおかだも、仕事を持ち帰ってPCを弄るおかだも、一台しかないベッドにぶっ転がって昼寝をするおかだも、風呂上がりのいいにおいのするおかだも、身体のどこかにあのデブ野郎を載せているのだ。おうクソデブ。貴様を去勢してやろうか。いや尻を見るにもうされているようだ。クク、ざまあねえな。
ある夜、酔うと掴みあげた人様の家の猫のどてっ腹に顔を突っ込みたがるというおかだの謎の悪癖にヒイたのか、猫様はくるしゅうない的な顔のままなんでもないようにおかだの額を引っ掻いた。慌ててみっともなく猫を放ったおかだがこちらをチラと見てはは、と口角を上げてみせたのに、なんだか無性に腹がご起立申し上げましたわたくしは、ひらりと台所へとご退場あそばしました件のニャー様が戻れぬよう引き戸をぴったり閉めてヤツをねめつけ「ヤるぞオラッ」と鬨の声をあげた。おかだが小さな声で「さ、ささみが聞いてるだろ」と意味のわからない抵抗をするのでナアーーニがささみちゃんだコラ貴様も去勢されてーか、と首に掴みかかる。無理やりに合わせた目線の上で引っ掻き痕は細く赤い線になっていた。かわいそうに思ったので、手を離して取り出した救急箱に消毒液が無い、代わりに私のコップから日本酒の残りをティッシュに滲みさせ軽く叩き、万能薬オロナインをべたべたに塗ったくった。いたいともなんともうんともすんとも言わないのでいたたまれなかった。こんなことは初めてだし慣れないのでどうしたらいいかも知らず、救急バンを貼るほどでもなかったのでそこまでにする。酒でちょっと血色のいいおかだは手を伸ばしてリモコンでテレビを消した。ぐっと前のめるときに私の背中に添えられた腕にも猫介野郎のつけた傷がある。なんだってそうやってお前はいつもそうなんだ。いや待った。おかだは私にだけ一等に優しいのではなかったか?おまえは誰だ?おかだだろう。おかだ以外の筈がない。ねえ猫と私どっちがすき。そんなことは聞かなくてもよいのだ。わたしのおかだならば。「どうした、人が違ったみたいだな」と声が降る。ざんねん全く同感である。
…カリカリ、カリカリ、と壁越しに音がして、目前の物体が「あ、クソ爪砥いでるな!」と立ちあがる。よし私も尋問だ。お前でこの爪砥いでやろう。約束の二週間まではあと三日である。ささみだか手羽先だかには、せいぜい見せ付けてやればよろしい。逃がすか!必死に首にしがみついた。
とか言いつつも黒田さんは犬派鳥派っぽいし猫には集られてもなんか居心地悪そうにしているイメージ。いや鳥には突かれてたけど。最近黒田さんのことちゃんと観てしまったから自由度に欠けます。これ以上登場人物もいりません。幼おかだは昔々ハムスターかクワガタを飼ってたかもしれない。さかなは飼ってない。マンションはペット可。
ところで私の前世が犬だった話は。そうそう、ゴールデンレトリバー。