自分が面白くないとほぼ存在価値のない人間に思えてしまう。カクテルパーティーのほにゃららというのがあるが、聴覚がいうことをよくきかず茫然と全ての音を拾っている。おかげで黙っていることができない性分が不幸にも全ての会話に参加するよう要請し、自制に失敗しては用足りぬ知ったかぶりと相成るのである、まいった。
最近はことに「まいった」と「もうだめだ」「しんどい」が口をついて出る。事実しんどいのかもしれない。何がしんどいのかはまるでわからん。どこからが本当にしんどいのかが一番わからない。大してしんどくなくてもしんどいと言うのはメチャメチャ簡単すぎるから困る。感情論「もうヤダ〜」でも体はそうそうダメにはならんのだ。わりかし健康に害なく丈夫にできているのだものもう仮病というのはいけない。寝よう眠い。とかく私は無能と思われるのが嫌で嫌で、己を少しでも有能に見せようと生意気に口を挟むので素直さが無ければ謙虚さも無い。面白いだけでなく有能でいたいと思う。いや、有能だと思われていたい。実状よりも。